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8話 止まらない鼓動と、甘い残り香

Author: みみっく
last update Last Updated: 2025-08-27 02:34:47

「え、あ、ああ……いいけど……」

 俺の返事に、ヒナはホッとしたように小さく息を吐いた。そして、次の言葉を紡ぐ。

「だって、親友の家にお泊まりするんだし、お風呂くらい借りないと、失礼だもんね?」

 そう言いながら、ヒナはわざとらしく明るい声を出し、自分の言葉に言い聞かせるように「親友」という部分を強調する。その仕草に、俺はヒナが普段から使う「仲良しなら当たり前」とは違う、どこか言い訳がましい響きを感じた。

 ユウは、ヒナのいつもとは違う雰囲気を敏感に察知した。彼女が放った「親友」という言葉が、ユウの心を惑わせる。もしかして、ただの気遣いなのだろうか。自分だけが勝手に特別な意味を見出そうとしているのではないか。そんな迷いが、ユウの胸に小さな波紋を広げた。

 ユウは、ヒナの表情から目が離せなかった。夕暮れのオレンジ色が窓から差し込み、彼女の頬に淡い影を落としている。その影が、ヒナのいつも弾けるような笑顔を、どこか儚げな、少女らしい表情に変えていた。

 ヒナは、自分の言葉にごまかすように、きゅっと唇を引き結んでいる。その仕草が、彼女の決意と、それを上回るほどの緊張を物語っていた。ユウの心臓は、ドクンと一つ、大きく跳ねた。それは、期待と不安が入り混じった、甘く胸を締め付けるような鼓動だった。

 親友という言葉の持つ、今まで当たり前だった響きが、今はまるで、二人を隔てる透明な壁のように感じられた。ユウは、ヒナの言葉の真意を測りかね、どう動くべきか迷っていた。

 ユウはごくりと唾を飲み込んだ。喉がからからに渇き、声が出ない。ヒナの視線が、ユウの表情を窺うように彷徨う。その潤んだ瞳が、ユウの心を揺さぶった。

 言葉を交わさずとも、二人の間には、今までになかった感情の波が静かに押し寄せていた。夕焼けの光が揺らめく部屋で、二人はただ、互いの存在を強く感じ合っていた。それは、親密さとは異なる、重く、しかし甘い空気だった。

 「シャワーだけだけどな」と、俺は努めて平静を装いながら答える。ヒナは「うん!」と元気よく頷くと、俺の用意したタオルと部屋着(俺のオーバーサイズのTシャツとスウェットパンツ)を受け取った。その時、彼女の指先が俺の指に触れた。一瞬の接触だったが、彼女の手は微かに震えているように感じた。

 風呂を借りたヒナが、ユウマのぶかぶかなTシャツとスウェットパンツを借りて出てくる。オーバーサイズのTシャツは、彼女の華奢な体をかえって強調し、濡れた髪から滴る水滴が鎖骨を伝っていく。

「これ、ユウマの匂いがするね!」

 ヒナが無邪気に笑いながら、髪をタオルで拭くため腕を上げた瞬間、Tシャツの裾がめくれ上がり、お腹からへそにかけての滑らかな肌が見え隠れする。

 その後は、スウェットパンツが大きすぎて腰でずるりと下がり、ショーツの縁や、その下から太ももの付け根の柔らかい肌が垣間見える。彼女は全く気にしていない様子で、ユウマは目の前の色っぽい光景がひろがっていた。

「ユウマくんもお風呂入っちゃえばー? さっぱりするよっ」

 無邪気な笑顔でそう言うヒナを、俺は直視できなかった。その言葉と表情は、あまりにも無防備で、俺の心を大きく揺さぶる。友達だからか? 仲良しだから、こんなにも気軽にそんなことを言えるのか? いや、ヒナは、男の子の家に泊まりに来るのが初めてだと言っていたはずだ。そう考えると、得も言われぬ嬉しさが込み上げてくると共に、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

「あ、あぁ……うん」

 言葉を失い、何とか返事を返すのが精一杯だった。ヒナは俺の様子に気づくこともなく、「じゃ、私、リビングで待ってるね!」と、明るい声で言って先に部屋に戻っていった。

残り香と高鳴る鼓動

 脱衣所に入ると、洗濯物入れの籠に、ヒナの脱いだばかりの着替えが入っていた。淡い色のTシャツと、デニムのスカート。それらが無造作に置かれているのを見ただけで、心臓がドクン、と大きく跳ねる。まるで宝物でも見るかのように、俺はそっとそれらに目をやった。

 そして、嗅ぎ慣れない甘い匂いが鼻腔をくすぐる。それは、ヒナの身体から発せられる残り香だった。シャンプーの香りに混じって、彼女自身の、どこか甘やかで温かい匂いが、浴室いっぱいに漂っている。自分の家なのに、まるで別の場所に迷い込んだような、不思議な感覚に陥る。

 普段は当たり前のように使っている浴室が、今はひどく熱を帯びているように感じられた。ヒナがここでお風呂に入っていた、という事実が、頭の中を駆け巡る。彼女の体温がまだ残っているかのような錯覚に陥り、俺の頬はじんわりと熱くなった。

 シャワーの水を出しながら、俺はヒナの存在が、こんなにも自分の心をかき乱すものなのかと、改めて思い知らされるのだった。

 浴室を出て、用意していた自分の着替えに手を伸ばそうとしたその時、ふと、あることに気づいた。

 あまりにも緊張しすぎていて、自分の着替えの準備をするのを忘れてしまっていたのだ。仕方なく、脱衣所に設置されている棚に手を伸ばす。そこには、換えの下着が置いてあった。

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